人気ブログランキング | 話題のタグを見る

随想録その9「気力体力について」

ここ数日、ありがたいことに制作が忙しく、徹夜をすることも…。
20代の時は3徹(3日間徹夜)なんてしてましたけど、40代に突入すると、1回の徹夜でも体力が恐ろしく削られます(汗)。

そんな訳で随想録その9は「気力体力について」です。


仕事先の方によく「元気だね〜!」とか「体力あるね〜!」と言われるのですが、正直体力は人並み以下です。
全て気力で乗り切っています。気力はおそらく人の3倍あると思います(笑)。


母のお腹にいるときに、母が盲腸を発症。お腹にいながら手術を受けております。
その後、首に臍の緒をぐるぐる巻いて予定日より1ヶ月早く誕生。
生後数ヶ月で肺炎になり入院…。

そんなこんなでとにかく体力のない子でした。

姪っ子甥っ子を見ていると、走ったり大声を出したり、ず〜〜〜っと動き回っているんですよね。

私、子供の頃を思い返して…走りたいと思ったことなんて一度もありません(苦笑)。
とにかく家で寝ていたい子供でした(笑)。

身近な子供を見て、いかに自分が特殊な子供だったかを今更ながら気付かされております。

学校に行くのも精一杯で、帰宅したら電池が切れて玄関でランドセル背負ったまま寝ておりました。
皆勤賞なんて夢のまた夢で、しょっちゅう肺炎やら気管支炎やら病気になり、年間で体に問題のない日なんて数えるほどしか無い人生でした。
毎日頭やお腹、どこかが痛い。

20歳を超えたあたりから漸く最低限の人並みの体力を身につけましたが、ちょっと張り切るとすぐ病気に…。
病院で言われる原因は「ストレスによる免疫力の低下」。

人より少ない体力を気力で補おうとして、知らぬ間にストレスが溜まって、結局体を壊す…。


何を言いたいかと申しますと、人間持って生まれたキャパシティが体力や気力にもあるんじゃないかということです。

「すぐ病気になるね。自己管理が甘いんじゃない?」

などと言われることがあったのですが、こればっかりはどうしようもないんですよね。
栄養のあるものを取ろうが、軽い運動を取り入れようが、十分な睡眠をとろうが、目に見えた体力の底上げはされませんでした。

子供の頃は「どうしてこんなにすぐに病気になってしまうのか。」と親に泣いて抗議したことがありました。
親の答えは「それも個性。うまく付き合っていくしかない。」。

その通りですね。
最近は無理をするのは本当に切羽詰まった時だけにして、日常は食事や睡眠を大切にしています。


出張中はとにかく気力。
体力はないですけど、前述の通り気力は人並み以上にあるので、それで乗り切っております(笑)。

そして出張が終了すると、しばらく死んだように脱力しております。


体力がある方にはなかなか理解していただけないのですが、どう頑張っても、どう気をつけても病気になってしまったり、塞ぎ込んでしまう人っているんですよね。

「体を壊す=自己管理が甘い」

ということではないことを知っていただきたいです。

逆に体力はあるけれど、気力がついていかない方もいらっしゃると思います。

人それぞれ自分の中でバランスを取りながら生きています。
「自分が当たり前」だとは思わずに、相手のバランスも尊重することを大切にしたいですね。

# by pa-pen | 2021-06-03 21:42 | 随想録 | Comments(0)

随想録その8「師匠に頂いた助言について」

昨日の夜は窓を開けてもなんとなく寝苦しく、扇風機を稼働しました。
金沢は全国から見ればまだ涼しい方のようなので、もっと暑い地域の方もいらっしゃるんでしょうね。
今の時期、油断して熱中症になりやすいそうですので、皆さん呉々もお気を付けくださいませ。

随想録その8は師匠である中川衛先生生に言っていただき、今でも為になっている言葉についてです。

もちろんどんな助言も非常にありがたく受け止めておりますが、今現在の私の基本になっている言葉が二つあります。


まず一つが「一呼吸おいて『そうですね』と言いなさい。」です。

10代〜20代前半の頃はとにかく気が強く、人に何か言われて一番最初に来る私の言葉は
「いや…」「でも…」
の二つでした。

大学の講評会で先生方にご意見を頂いても、私の口から出る最初の言葉は否定の言葉ばかり。
非常に空気が悪くなっておりました(苦笑)。

そんな時、中川先生に言われたのが先ほどのお言葉です。

それから意識的に否定したい気持ちをグッと堪えて「そうですね。」から会話をするようにしたところ、周りの反応もさることながら、自分自身の気持ちに大きな変化がありました。
自分を守るために否定の言葉から入っていた会話でしたが、肯定の言葉から始めることで、ガチガチだった心がふっとほぐれるような感覚になりました。
素直に入ってこなかった人の言葉も、すっと心に響くようになりました。

たった一言始まりの言葉を変えるだけで、こんなにも変わるのかと驚いてしまいました。

今でも会話の時は否定言葉ではなく、できるだけ肯定言葉から入れるように意識しています。

とは言いつつ、元来の気の強さがなくなるわけではありませんので、いまだにポロリと出てしまうことはありますが…(苦笑)。



二つ目は「最後は人を見る。」です。

大学時代、講評会は直前まで制作をして徹夜明けでボロボロの格好で出席する人が多かったのですが、中川先生はそれを良しとはしませんでした。
制作する机が汚れることにも厳しく注意されました。

「同じように良いものがあった時、最後どちらを取るか決める時に見るのは作者の人となりだ。
見栄えはいい方が良いに決まっているし、作業場が綺麗な方が信用できる。
つまらないところでチャンスを逃さないよう、できる努力をしなさい。」

今でもこの言葉を胸に、見た目だけではなく、出来うる限り誠実であるよう努めています。
陰口は言わない。人によって態度を変えない。金額で仕事を判断しない。
大切にしています。


どちらも技術的なことではなく、精神面の教えなんですよね。
技術的な面は続けていけばそれなりに得られるものが多いですが、こういった精神的なことは何かきっかけがないと気づけません。

私にとって中川先生は加賀象嵌だけでなく、人生においての師匠なのだと強く感じています。
現在は独立しておりますので、お会いする回数は減っておりますが、それでもお会いすれば色々と気にかけて頂き感謝の気持ちでいっぱいです。


# by pa-pen | 2021-06-02 10:48 | 随想録 | Comments(0)

第61回石川の伝統工芸展

今年も無事、なんとか「石川の伝統工芸展」に入選することが出来ました。

毎年最低でもこれだけは出展しようと決めている公募展が三つありまして、その内の一つが「石川の伝統工芸展」になります。
日本工芸会が開催する公募展のうち支部展と言われる公募展となります。

第61回石川の伝統工芸展

【日時】2021年6月2日(水)〜7日(月)
    10時〜18時 ※最終日のみ17時閉場

【場所】金沢エムザ8階催事場

第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11304610.jpeg
赤銅象嵌香合「星の眠る夜」
第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11304610.jpeg


第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11312552.jpeg



第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11312605.jpeg



第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11312702.jpeg
星が命を終えるときの爆発や、それによって起こる流星、そして新たに生まれる星をイメージしてデザイン致しました。
「死ぬ」という言葉を使うと、そのまま終えるような気がしてしまい、終わるのではなく新たな形でまた始まるという想いを込めて「眠る夜」という言葉を選択してみました。

一応の正面は角なのですが、蓋の向きを変えるとまた雰囲気が少し変わります。
第61回石川の伝統工芸展_d0128864_11312814.jpeg
蓋の位置はお好みで変えることが出来ます。

11パーツから構成されています。
入れ込みたい物語の要素が多かったので、一つの形にまとめるのが非常に大変でした。

金沢市はまだまん延防止等重点措置下にありますので、外出にも気を遣われるかと思います。
お近くにお越しの際はお立ち寄りいただき、ご高覧いただけますと幸いです。


# by pa-pen | 2021-06-01 11:48 | 展示会情報(2021年から) | Comments(0)

随想録その7「職人、作家、アーティストという言葉について」

窓を開けていると、日中はツバメが、夜は蛙が愛の歌を歌っており、夏の訪れを感じております。

1週間、随想録を連続更新できたらなぁと目標を立ててせっせと書いておりますが、若干ネタ切れ気味に…。
色々なことを思い返しつつ書き綴っております。


そんな随想録その7は物を作る人間に対する呼称に関してです。


ものを作る仕事をしている人間の呼称としてよく挙げられるものは三つ。
職人、作家、アーティスト(芸術家)です。

まずそれぞれの意味を調べてみましょう。


職人:自分の技能によって物を作ることを職業とする人。大工・左官・表具師など。

作家:芸術作品の制作をする人。また、それを職業とする人。

アーティスト(芸術家):芸術作品を創作・創造し、表現する人。

(goo国語辞書より一部抜粋)


辞書によると作家とアーティスト(芸術家)の意味はほぼ同じですね。
職業とするか否かでしょうか。


まず私個人の考えとして、呼称はどれでも良いと思っています。
ただ、自身で名乗るときは「加賀象嵌作家」がしっくりくるので、そのように伝えています。
理由に関しては後述いたします。

「加賀象嵌作家」と名乗りはいたしますが、実際の呼び名は見た方が感じた呼び名で呼んでいただければそれでいいと、今では思うようになりました。
「今では思うように」と書いた通り、非常に気にしていた時期もありました。

なぜ気にしていたか。

大学や工芸工房の講評会で何度も注意されたからなんですね。

「君の考え方は職人よりで危険だ。」
「それは職人であって作家ではない。」

と。まるで職人が悪者のように。


世間一般の言葉の意味の捉え方と、私たち工芸に携わるものの意味の捉え方は実は同じではないんです。


世間一般では「職人」という言葉は褒め言葉に使われることが多いですが、工芸の世界では「職人」という言葉を忌み嫌う人もいます。
特に工芸が根付いている石川県では「職人」と「作家」「アーティスト」の間に大きな差が生じる場合があります。


正直非常に馬鹿げていると個人的には思っています。
そして、そういう思想を植え付ける大学や教育機関の指導方法にも疑問を抱いています。


一体どういう分け方がされているかざっくりと言いますと

技術力は、職人>作家>アーティスト
独創力は、アーティスト>作家>職人

といった感じでしょうか。
職人は技術はあるけれど、独創性に欠ける。
アーティストは独創的に作ることができるけれど、技術力に欠けることがある。
その中庸が作家である。

石川県だけかもしれませんが、工芸の世界で職人というと、主に下請けを専門にされている方を指します。
例えば焼き物の生地だけを作る方。上絵だけを担当する方。漆の塗りだけをする方。

そういった職人の方は、下請けとして同じものを作り続けることが多いことから、技術はピカイチでもオリジナルのものを作ることが苦手な方が多い…と思われがちです。
実際昔の職人さん達は「自分達は職人だから作家先生みたいなものは作れない」と言われる方も少なくありませんでした。
そういったことから、こういう位置付けにされていますが、最近はそんなことはありません。
職人の方々も各々オリジナルのものを生み出し作られています。

アーティストの独創性も、職人の技術も、作家のバランス力も、それぞれに価値がありますし、状況によりそれぞれが交差することもあると思っておりますので、順位付けするようなものではないと思うのですが…
現実にはそうではありません。


そういった言葉に惑わされ、若い時は「自分は何者なのか」と必要以上に悩みました。
職人と呼ばれるには技術が足りない…かといって芸術家と呼ばれるには精神的に人に伝えたいコンセプトが薄い…。

お客様が「職人ですね!」「芸術家ですね!」と褒め言葉として言って下さった言葉に、必要以上に過敏に反応し悩んでおりました。
「職人なんて言える程の技術じゃないのに、職人展に出ても良いのだろうか…。」とビクビクしていました。


ではなぜ悩まなくなったのか。


ステンドグラス作家の三宅治良さんのお言葉が非常に大きかったです。

「かよちゃんは、人に言われた事によって作るものが変わるのか。」

目から鱗でした。
(ちなみに三宅さんはご自身では『自分は職人だ』とおっしゃっております。)

何を悩んでいたのかと一気にアホらしくなりました(笑)。
人になんと呼ばれようと、自分が作りたいものも、やりたいことも変わらないのです。

教育とは恐ろしいですね。
「作家を目指せ」「アーティストを目指せ」「職人にはなるな」
当時の美大はそんな世界でしたので、知らず知らずの内に言葉に過敏になっていたのです。

「言葉なんてただの形だ。人になんと言われようと、自分が作りたいものを作り続けろ。」

そんな声がけをもっとしてもらえていたら、もう少し悩まずに済んだかもしれません(笑)。

ただ、悩み続けた時間が無駄だったとも思いません。
「自分が何者なのか」と考えることで「自分はどうありたいのか」を考えることが出来ましたし、そのためにどう生きるべきかも深く考えることが出来ました。


言葉の束縛から解放されてみると、一般のお客様は「職人」も「アーティスト」もどちらもただの褒め言葉として言って下さっているだけで、
私が思い悩むような深い意味はなかったことにも気付けました。


今でも若手の方でこう言った言葉に縛られて悩んでいる方を見かけます。

呼称に悩んでいる若手の方々には
「そんなもの好きなように呼んで貰えばいいし、そこに思い悩む必要はないよ。」
と伝えたいです。


ちなみに私を言葉の束縛から解放して下さった三宅さんにこのお話をして感謝を述べましたところ
「覚えていない」
と返されました(笑)。


文章中では職人という言葉を忌み嫌う方がいると書きましたが、私のように逆の場合もあります。
恐らく独創性に重きを置いている人は職人と呼ばれることを嫌い、技術面に重きを置いている人は職人と呼ばれることに恐縮してしまうのだと思います。

今回は繊細なお話でしたので、誤解のないように…と書いておりましたらすっかり長くなってしまいました。

要約すると
皆さんが褒め言葉のつもりで使っている単語が、実は立場によってはそうではない場合もある…そんなお話でした。

一気に書かず、数部に分けて回数を稼ぐべきでしたね〜。
もったいないことをしました(笑)。





# by pa-pen | 2021-06-01 00:00 | 随想録 | Comments(0)

随想録その6「貧乏を体験して良かったことと悪かったことについて」

予約投稿という技を手に入れましたので、時間がある時に書き溜めて、小分けに更新する術を得ました!

これで今までよりは更新頻度が上がるかと思います!!!

随想録その6です。
タイトルの通り。貧乏を経験して良かったことと、悪かったことについてです。

実家はごくごく一般的な家庭でしたし、結婚相手もお金に困ることのない職業でした。
ではいつ貧乏を体験したのか…。

離婚後です。

実家の父は今でこそ優しい父ですが、若い頃はなかなかに厳しい人でして、離婚を告げた時に返って来た言葉は
「家に帰れると思うな。」
でした(苦笑)。

そもそも帰る気はありませんでしたが、その言葉が最後の決め手となり、離婚後は1人で生活を始めました。

若くして結婚しましたので、実家暮らしからそのまま結婚生活に移行したこともあり、人生初の一人暮らし。
うまくやっていける!!!!と思っておりましたが、甘かったですね〜〜〜(笑)。

加賀象嵌だけで食べていけるわけもなく…
バー2軒と居酒屋、3軒バイトを掛け持ちして暮らしていました。

さてさて…タイトルにある「貧乏」ですが、どれくらい貧乏だったか…。

恥を忍んで書きますが、家賃滞納、携帯を止められる、電気を止められる、を経験するくらい貧乏でした。
かろうじて水を止められることだけはありませんでした…。

何故そんなに貧乏だったか。

材料と道具を買っていたからなんですねぇ…。

お金が入ったら道具と材料を買う。
後先考えればいいのに、考えずにとにかく買う。
買わないと象嵌の仕事が回らないから。
とにかう作品をちゃんと作れる環境を整えなければ象嵌では食べていけない!!と買いまくっておりました(苦笑)。

なぜか就職するという考えはなく(理由はあるのですが、それはまた追々…)、とにかくバイトをこなし、親に借金をし(全部返しましたよ)、泥水啜りながら生活しておりました(笑)。

あの当時は本当に色々な方にご迷惑をおかけてしまいました。(今もですが…。)

おかげさまで現在は、年齢に見合った収入のもと生活しております(笑)。
(といいつつ、今は新型肺炎の影響でなかなかに苦しい状況ですが…。)


で、タイトルの話になります。

まず、貧乏を経験して良かったこと。

「お金の大切さを知っている。」

これに尽きます(笑)。

お金の大切さ、お金を稼ぐことの大変さを身に沁みて感じておりますので、お金を稼ぐことに対して非常にシビアです。
要領よく儲けようということではなく、その逆です。
皆さんが汗水垂らして得たお金を払っていただくわけですから、どんなに安い仕事でも手を抜かず、精一杯応えるようになりました。

貧乏を経験していなかったら、安い仕事は舐めていたかもしれませんし、手を抜ける仕事は抜いていたと思います。
貧乏を経験したおかげで、どんな仕事にも真摯に取り組めるようになりました。

そしてそのお陰で、仕事が次へ次へと繋がっていったように思います。



では貧乏を経験して悪かったことは何か。

「モノの価値の基準が低くなってしまった。」

これは私の仕事にとって非常に致命的です。
抜け出すまでに長い時間を要しました(汗)。

どういうことかと言いますと…

お金がない状態が基準になっておりますので、1万2万のものが非常に高額に感じてしまい、自分の作品に対して思い切った値付けができなくなってしまうんです。
価格はそのまま自分の作品の価値にも繋がります。
自信が持てず、安い価格しかつけられないというのは、実はこの仕事にとっては非常にネックとなります。

もちろんお手頃価格のものもあっても良いのですが、自身の価値をしっかり守ろうと思うならば、それに見合った値付けが必要となります。
しっかりとした値付けが出来るようになれば、そこにプライドも持てるようになり、作品の質も上がります。

貧乏が染み付いてしまい、なかなかその良いサイクルに切り替わることができないという問題がありました。


抜け出す為にどうしたか。

節約して、良いものを買うようにしました。
安いものをたくさん買うのではなく、ちょっと我慢して良いものを買う。

身の回りが少しずつ豊かになると、染み付いていた貧乏も洗い流されていきます。

贅沢するわけではないんです。
100均の食器ばかりの食卓から、作家さんの食器の食卓になる。
3回洗濯したら毛玉だらけになるような安い服から、長く着られる服に変わる。

ちょっとずつちょっとずつ自分を慣らして現在に至ります。リハビリです(笑)。


貧乏は経験しないに越したことはないですが、非常に良い経験ができたと思っております。
あの時代があったから、今の生活に有り難みを感じます。

何事も経験ですね。

そんな私の制作した作品が見られるのはこちら↓(笑)
オーダーも承っておりますので「contact」よりお気軽にご連絡くださいませ。





# by pa-pen | 2021-05-31 00:00 | 随想録 | Comments(0)

金沢の稀少伝統工芸である加賀象嵌のお話を中心に、その他趣味のお話もちょろちょろと…。


by pa-pen
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る